さて、僕のいる妙高の新赤倉。
実は僕が生まれて初めてスキーを履いたスキー場なんです!
その場所で今は(テレマーク)スキーを教えている自分。
不思議なご縁ですね。
さてさて、妙高のお隣に位置する上越市。
そこの高田は「日本スキー発祥の地」だそうです。
僕にとってのスキー始まりの土地は日本のスキーのルーツでもあったんですね。
なんだか嬉しい。
『発祥』という言葉には少し恣意的なとこも感じますが…。
もうすぐ☆100周年☆昔の人の決めた名称には触れずにおきましょう♪
というわけで、行ってきました『日本スキー発祥記念館』。
詳細はポポーンととばしてスキーを伝えてくれた重要人物。
これは以前、夏の北海道編『道々めぐり』でもご紹介したレルヒ氏なのでした。
当時、彼はオーストリアからはるばる軍事視察に来たわけでしたが…。
そんなのほっぽって(ウソ)、日本でスキーの普及活動に尽力していただいたのでした。
長岡氏というたいへーん理解のある人物のおかげ様もあって、
レルヒ氏のスキー指導は日本の軍隊だけではなく民間にも広く行われることとなりー、
こうして今の日本スキー界があるのでーす☆
現代スキーの父、ソンドレさんは生活(仕事)道具であったスキーをスポーツへと変遷させました。
彼は仕事をほっぽってスキーで遊んでしまったいけない人です。
日本スキーの父、レルヒさんも、お仕事(それも勉強)しにきたはずなのに…。
仕事もそこそこに、逆にスキーを教えて回る側になっていたり。
そういった遊びに夢中だった先人達があって、今僕達はスキーを楽しんでいる。
彼らが伝えたかったことはただ一つ「この遊び楽しいでしょ♪」ってこと。
ありがとうございます☆僕も頑張って伝えていく所存であります!
「そもそもテレマークスキーというものは、」とか「スキーの原初の姿とは、」とか。
テレマークが何か特別なモノみたいに堅苦しくしちゃうのは、もったいない。
スポーツのルーツ、そしてそこから生まれ引き継がれ続けるソウル&スピリット。
どのスポーツでも大事な事、僕も大切にしたい部分。
ただ、それは伝える側が押しつけるモノじゃないと思うのです。
僕、嫌いな科目は『日本史』と『世界史』でした。
でもそんな僕でもスキーの歴史は気になって自分から勉強しちゃったんです。
まずは好きになって夢中になって遊んでもらう。
そうして、それから、内面にも興味が向いていくのが自然で良いなと思っています。
テレマークだって70年代のヒッピー達が復活させたんだもん、
別にスキーの原点を継承するための伝統行事ってわけでもないですしね。
だからテレだって、山も細革もカービングもパークもなんでもアリ♪
みーんな楽しんでいればそれはスタイルが違うだけ、リスペクトしあって遊びましょう。
そして、テレマークスキーに少しでも興味を持っていただいた皆様!
遊び方のスタイルはいろいろあるから、みんな好きなのではじめてみて下さいね。
さてさてさーて、本文中で『夏の北海道編』とわざわざ紹介したからにはぁ…?
そうなんでーす♪いってきまーす!
妙高でお世話になった皆様、本当にありがとうございます。
大切な土地がまたひとつ増えました。
REPORT& PHOTO by Luka Thank You!